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2008年4月15日火曜日

EVERNOTE 1.0.4 β が出ています


先日の記事でもご紹介した Web 上とローカルでメモれて Sync できる EVERNOTE ですが、1.0.4 beta が出ていますね。ローカルにインストール済みの方はチェックしてみてください。(Mac用、Windows用等、環境によって若干差があると思います。詳しくは EVERNOTE サポート を参照してください)

もし EVERNOTE を試してみたい方がいらっしゃいましたら、まだ招待状に余裕がありますのでご連絡ください。応募詳細は前回の記事をご参照ください。このBlogの感想などを書いてくださると嬉しいです。先着順ですのでお早めにどうぞ。

前回の記事はこちらから。

「EVERNOTE の招待状、あります」
http://sio-gadget-blog.blogspot.com/2008/04/evernote.html

2008年4月14日月曜日

JAXA の宇宙飛行士公募


JAXA は ISS の日本のモジュール「きぼう」のための宇宙飛行士を募集中ですね。
(写真は JAXA のサイトからの引用です)

国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士募集
http://iss.jaxa.jp/astro/select2008/

以前、いろいろ宇宙飛行士の選抜についていろいろ調べたことがあるのですが、相当大変みたいです。まず厳しい訓練に耐えられるような健康がなくてはいけないし、何よりチームワークとか高度な技術の訓練、それ以上に常に変わるスケジュールに対するストレス耐性、冷静な判断とoptimistが共存していなくてはいけないだろうし。最終選考に残るような人は本当に凄い人たちばかりの様です。採用になったあとは、ある意味、広告塔のような役割も果たすことを要求されるので、その辺の適応も見られるのでしょうね。

私のネットの知り合いも何人かマジで応募するようです。みんな頑張れ!

2008年4月11日金曜日

BURAN ライン河を行く

ドイツの友人がメールしてくれて知ったのですが、ロシアのスペースシャトル BURAN がライン下り(上り?)をしたようです。YouTubeを検索したらやはり撮った人がいたようだったので、貼っておきます。



展示用の偽物かとか思ったら、宇宙に行ってバイコヌールに着陸したことのある、ちゃんとした本物らしいです。ホームページの文面からすると二号機らしい。

Technik MUSEUM SPEYER
http://www.museumspeyer.de/
左サイドバーから Highlights im Museum -> Space Shuttle BURAN を選択

最初ドイツ語のメールで Raumfähre と書いてあったのですが、なんのことかさっぱり(^^; 良く考えてみたら「宇宙船」ってことですね。ドイツ語で宇宙が Raum っていうのをすっかり忘れてました。英語でも Space ですもんね。「部屋の乗り物って何だろう…」とか真剣に考え込んでしまいました(<ちょっと間抜け)

技術博物館SPEYER はマンハイム(ICEも止まる大きめの町)やホッケンハイムからも近いSPEYERというライン河沿いの町にあるらしく、船での輸送作戦となったようです。あんな大きな物が運べるライン河って結構凄いかも…よく下流の橋をくぐれたなと感心してしまいました。というより、変な河口堰とかがある日本では考えられない輸送方法です。橋桁の高ささえ許せば、結構いろんな物が運べそう。

ロッテルダムから海を渡って、ずーっとライン河を上ってきたんですね。川岸からこの光景を見た人はさぞびっくりしたことでしょう。今度ドイツに行く機会があったら是非見に行きたいです。ついでに BadenBaden にも寄りたいですね(近くだし、温泉三昧!)ハイデルベルク付近に行く人は立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

2008年4月9日水曜日

科学の進歩と学習の方法

たとえば、フツーの高校を出て、電子回路を触った事が無いような人が工学部に進んだとして、そういう人向けに今のインテルのCore2Duoのアーキテクチャを一から教えるとかは、それまで勉強したことのない学生に対しては大変しんどいんじゃないか。新入生はもとより、3年次でも怪しいと思う。ましてや文系の学生に教えられない。

でもこれからは、小さい頃から、できれば小学校の高学年くらいから、情報系ならそこんところを少しでも教えておく必要が実はあるんじゃないかと思っている。コンピュータの基本的な構成は、小学校の高学年ならわかるだろう。論理回路だって、AND, OR, NOT くらいは2bitくらいなら行けると思う(ていうか、教えてる?)

もう文系理系でわけるのはナンセンスなんではないかと思うし、理系に進もうと思った時点でやるべき事が山の様になっていたのでは、大学では時間的に教えられないことが多くなりすぎる。結局まともに勉強しようとおもったら、少なくとも修士までは大学院に行くことになる。

インドとか中国では、それこそ信じられないくらい理数工系の勉強させる大学もあるらしいので、平気でそういうのをこなす能力がある人も居るらしいが、今の日本だと10年計画くらいで小学校高学年位からそういう人を育てるくらいの気概が大人に無いと、全然人材なんて育たないんじゃないだろうか。学校で無理矢理勉強させるんでなくても、ちゃんと技術の事がわかる人間を誰かが育てないと、本当にオフショア開発しかできなくなるんじゃないか。そのうち、教えられる人も自分の国には居なくなって、メーカの新人研修は「インドへ行ってください」とか言われかねない。

ということを、止めども無く考えていると、やっぱり、学習方法をもっと効率よくするべきなんじゃないかと思う。学ぶべき事柄は増える一方なのに、本質的な事はなにかとか、どう学んで行けばいいかとか、そういうメタな議論て、あまり表に出てこない。だから、勉強方法なんて個人差がありすぎて、それが成績の差になっているようにも思える。

塾に行けば勉強する時間が長くなるから、比例して成績ものびるだろうけど、そうじゃなくて、もっと外で一生懸命遊んでも、余裕で志望校に合格できるような賢い勉強法があるんじゃないか。今大人達が生産性を上げようと血眼になって体得しようとしている勉強法を、もっと子供達に還元するべきなんじゃないかと。

義務教育では、メタな部分をしっかり体得できるような仕組みにした方が、迷いがないんじゃないだろうか。あまりにも教科毎の細かいことを突っ込んで教えすぎるのは受験の悪弊だとおもう。かといって、プレッシャーの無い所に進歩も無いと言えるし、さじ加減はむずかしいんだろうけれども。義務教育で必要なことはすべてマスターできるように(高校じゃ遅い)、もっと教える内容の構成を考えるべきだとおもう。

科学が進んでも、学ぶ速度が遅いんじゃ、これからが心配かなと。

家庭より技術

激しく誤解されそうなタイトルですが(苦笑)家庭科と技術科だったら、どちらかというと技術科の方を勉強したかったという話です。ご飯の作り方やらなんやらは、結局親が教えてくれたので学校で学ぶべきことがあまりなかったというか…個人の嗜好の問題ですが、家庭ではたぶん回路設計は教えてくれない人が多いと思う。家庭科軽視ではないので誤解なきよう。生きるすべの最低限は自分の家で学んでおくべきだと私は思ってます。

さて、昔中学校には技術家庭という科目があって、男女それぞれ技術科、家庭科ということで分かれて履修することになっていた。技術科の場合、椅子を作ったり本棚を作ったり抵抗のカラーコードを読む練習をしたり(笑)家庭科の場合は調理実習やら裁縫やら。調理実習は美味しい実習ならいいが、そこはそれ、中学生だから(苦笑)

家には半田ごてみたいなものは無かったので、学校で習わないと使う訳も無く、結局大学に入ってから基板にゲジゲジをはんだでくっつけるような事をはじめてした。そんな感じだから、回路図かけとかいわれても、実装するときにどこにどういう抵抗を入れていいのかとか、今ひとつわからない。「え、電源とIC直づけしちゃいかんのですか?」とか、激しくアホな質問をしないと、なんにもできない。

昔情報工学科というところは電気学科に毛の生えたような実験もやっていたので、何もわからず激しく困った。とくに、実験の相棒が何もできないと非常に困った。出来る奴と同じ班になっても馬鹿にされて触らせてもらえないので、グラフ書きばかりさせられて、肝心のレポートの考察が今ひとつでもっと困った。

今考えれば、きっと電気回路にはいろいろパタンがあって、それを組み合わせると(電子ブロックのように)だいたいできるに違いない、とか想像できるんだけど、トラ技は読んでも理解できた試しがなかったしなあ。今は初心者向けに易しい説明が書いてあるんだろうか。

今はソフトウェアでなんでも出来ちゃうようになってるけど、やっぱりLEDがぴかぴか光ったり、妙なセンサー自作して7SEGの表示がカウントアップするとか、そういうのがハードワイヤードな感じでできると、物を作ってる実感があるような気がする。研究室の先生のようにDATのリモコンをハックして、PC用のMTにしてしまったりとか、そういう事が自分でできると嬉しいんだけどなあ。今時はなんでもかんでもアッシー交換だから自分で直せないし。

目に見えるというのは非常にわかりやすい。ハードウェアもブラックボックスが多くなければ、わかりやすいと思う。電気の本によく出てきたホイートストーンブリッジなんて、自分でこさえて電圧計とか電流計とかで抵抗を測った方がよくわかるんじゃないか?論理回路の設計でカルノー図とか書かされたけど、講義中にいくら教えてもらってもわからなかったことが、実験でカウンタ作ったら一発で理解できたとか、そういう経験はたくさんあるのでそう思うのですが。まあ、私はフツーの人なので、実際に手を動かしてみないことには理解できないというか…(汗)

やはり未だに電子工作が苦手なのは、電子ブロックを買ってもらえなかったとか、HAMをやらせてもらえなかったとか、そういう趣味を持ちたいと親を説得できなかった事とか、その辺にあるのかなーなどと思ってしまうのでした。(<他人の所為にするな!)

2008年4月8日火曜日

[本] 健康に生きるためのエビデンス-「100歳まで元気に生きる!」by ジョン・ロビンス

勝間和代さんの別のブログにもAudiobook 版の紹介がありましたが、その原書「Healthy at 100: The Scientifically Proven Secrets of the World's Healthiest and Longest-Lived Peoples」を読みました。(邦訳はこちら:「100歳まで元気に生きる!」)
地球上で「長寿 Longevity」の人が多い地域に関する調査を引用しつつ、どういう要素が人を長生きさせるのか?ということを考察した一冊です。



日本人には聞き慣れない地名がたくさんでてきますが、日本の沖縄のおじいやおばあの話もでてきます。ただし本書の内容ではないですが、昨今の沖縄はご存知の通り男性の平均寿命が短くなりつつあるという報告もあります。そういう意味でも、近代化やグローバリゼーションといった問題と寿命の関係を考えさせられる一冊であると思います。

この本で「そうだったのか!」と思う箇所は多々あるのですが、たとえば、CMで事実とは違うイメージを持つ例を上げてみます。コーカサス地方のアブハジア(現在はグルジアの自治共和国)ですが、コーカサス地方といえば皆さん何を思い出しますか?冠雪した高い山々の前に放牧された牛、民族衣装を着たおばあさんと子供とヨーグルト…そんな光景を思い出すのではないでしょうか。

でもそれはどうやら、昔食品会社のダノンが広告の為に作り出したイメージがもとになっているようです。実際には「ヨーグルト」と呼ばれる食物はコーカサスにはありません。ヨーグルトというのはそもそもトルコ語のヨウルトが語源で、トルコ周辺で食べられていた発酵乳から派生した食べ物のようです。アブハジアの人たちが食べている発酵乳は牛やヤギや羊の乳から作ったマツオーニ matzoni というものだそうです。

ダノンは110歳のおばあさんが89歳の息子にヨーグルトを食べる事を勧める広告でヨーグルトを相当売り上げたらしいのです。しかし、実際の長寿の方達は違うものを食べていたとしたら…なんだかなあ…ですね。(別件ですが、ダノンは誇大広告で訴訟も抱えているようです)でも、ヨーグルトそれ自体が悪いと言っているわけでは決してありませんので、誤解なきよう。

同じように、コーカサス地方の発酵食品といえば最近流行りまくったケフィアですが、これはどうなんでしょう。この例だけではなく、長寿をイメージして食べているものは、現代の食品流通や販売戦略の中で、その地方本来の食べ物とは違ってしまったものもあるかもしれません。

この本に引用されている長寿地域の例は1970年から1980年代とちょっと古い感じがします。先のアブハジアでは今はどうかと(チェルノブイリやアブハジア紛争の影響とか)考えるだに不安になりますし、南米やパキスタン、沖縄の話にしてもそうです。しかし(160歳という人がいたとかいう話はまあ真実ではないにしろ)かつては長寿の人が多い平和で精神的に豊かな地域があったという事は、現代の生活を省みるのに十分説得力があると思います。(今そういう地域が少なくなってきているからこそ、昔の有力なエビデンスに頼らざるを得なかったのかもしれません。ちょっとうがった見方ですが…)

この本での作者の視点は、食べ物や運動もそうですが、精神的な事もまた重んじているように思います。それゆえ、少々のうさんくささも感じますが、長寿のためには心の平安も大事だということは多くの人が同意できることでしょう。

現在、日本は平均寿命が男女とも一位という長寿の国になりましたが、その生活の質、我々をとりまく環境はどうでしょう。「後期高齢者医療制度」とか、その言換え案として出てきた「長寿医療制度」という言葉には、果たして実質を伴った、人生の先輩たちを名実ともに大事にする「畏敬の気持ち」は含まれているのでしょうか。

政治の問題はともかくとしても、現代社会に生きる限り、お金は非常に大事です。しかし、そもそも、どうして健康保険が機能しなくなってきているのか、なぜ病気の人がこんなに多いのかを考える鍵の一つが、この本にはあると思います。そして、考えて状況を良くするための行動しなくてはいけないですね。本当はその行動を政治にしてもらいたいものですが、たとえば、科学的根拠の曖昧なまま、「メタボ*1退治」のために大金を拠出して大丈夫なんだろうか、個人のためのことなのに罰則規定ありの制度ってどうなんだろう?とか、いろいろと疑問に思うし、考えてしまいます。

個人的な話でいえば、今までの私の生活には、この本にあるような長寿になる要素はほとんどないです。この本の話は、私には基本的に耳の痛い話ばかりでした(苦笑)

白米大好きで食パンはバター塗って食べてるし、ジャンクフードは食べるし、肉食だし…せめてこの本の教えを守ってカロリー制限しないとこの先、さらに深刻な事態になりそうな予感。(っていうか、周りのひとには前から言われてました。私が聞く耳を持ってなかっただけですね。はい。ごめんなさい <(__)> )

人間が平和に長生きするためには、何が必要で何が必要でないかを見直すには、この本は良いきっかけになるのではないでしょうか。お腹の周りが気になる人は、是非読んでみてください。

*1 (メタボについて)この言葉、用語が間違っているので使いたくないのですが、あえて使ってます。本来「メタボリック」とは metabolic 物質交代の、新陳代謝の、という意味の形容詞で、脂肪や肥満を指す言葉ではありません。脂肪は fat で、肥満症は obesity です。ちなみに、胴囲だけでは代謝不全症候群かどうかは診断できません。きちんとした検査を受ける必要があります。また代謝不全症候群の目安となる胴囲の基準は、日本とWHOの基準では違います。ググるといろいろ出てくるので調べてみてはいかがでしょうか。



【↓↓↓ こちらはオーディオブックです ↓↓↓】

2008年4月6日日曜日

ブログの「利益の方程式」を考える

昨日、勝間和代さんの最新刊「勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─」について記事にしたのですが、勝間さんのブログでリストに載せていただきました。どうもありがとうございます!

「利益の方程式」書評リンク集 その1|私的なことがらを記録しよう!!(勝間和代さんのブログ)
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2008/04/post_d439.html

さて、当ブログはアフィリエイトもしておりますが、その利益の話ではなく、ブログの別の「利益」の話を考えてみたいと思います。その利益とはなにか?そのまえに「利益の方程式」をおさらいしたいと思います。「利益の方程式」はこんな内容でした。

利益 = (顧客当たり単価 - 顧客当たり獲得コスト - 顧客当たり原価) × 顧客数

私はここではブログの利益を「反響の大きさ」としたいと思います。ある意味、ブログの「存在する理由 Raison d'être」とでもいうのでしょうか。読まれてなんぼ、話題にのぼってなんぼ。

そう考えると、この方程式は次のように考える事ができるかなと。ただし、勝間さんの方程式とはちょっと様子が違うようです。

(ブログの反響の大きさ)=|(記事当たりの反響の大きさ)|×(反響がある記事の数)×(顧客数)

ブログの反響の大きさ: ブログ全体としての反響の大きさ
記事あたりの反響の大きさ: はてブ等のブクマの数、PV、リンク数、検索エンジンでの表示順位、アルファブロガーのブログでの引用、マスコミへの露出、Amazonなどのネット通販の売上上昇、etc.
反響がある記事の数: コメント数、引用数、トラックバック数
顧客数: サイト訪問者(ユニーク)+RSS購読者数+メルマガ購読者数

こうして見ると、細かい変数はたくさんありますが、おおざっぱにいえばこんな感じになるとおもいます。ネガコメも負の反響も影響の大きさのうちということで、反響の大きさは絶対値にしてみました。顧客数に関しては、内訳がサイト訪問者数とRSS等の購読者数がかぶるかもしれませんが、昨今はRSSリーダで完結する人もおおいので、独立した項目で書き出してみました。

さて、こういう式にしてみて、私が考えるブログの反響とは、基本的に「かけ算」であるということです。一つの記事の反響がそのブログ全体の反響を決めてしまうこともありそうです。ブログの反響は各要素のかけ算だと考えると、継続しないとあっという間に全体が零になることもあるわけで、そこがブログを始めるにあたってよく言われる「継続は力なり」の所以かも、と思うのでした。

そして「なぜアルファブロガーに献本することに意味があるか」の解がここにもあるという事にもかかわってくることなのではないでしょうか。「ブログ全体の反響の大きさ=そのブログでの潜在顧客数」と考えると、そのレバレッジが効いて、顧客獲得コストが、売上高に対して限りなく0に近くなるという理想的な状態になるからかもしれません。勝間さんの「利益の方程式」ではブログは「顧客獲得コスト」を下げるキーの一つとして上げられていましたが、反響の大きいところに bet するのは、他にも次のような嬉しいことが起きるから、ということもありそうです。例えば本の話でいうと、

アルファブロガーと言われる人たちに献本する→記事になる→記事を読む大勢の人がAmazonアタック→Amazonで上位にランク→リアル書店でもレジそば平積み→その本を手に取る機会の増加→売上増 \(^o^)/

1万PV/dayのサイトの1%の人がAmazonで購入したとしても、100人になるわけです。コンバージョンの高いサイトならどんなことになるか…コストパフォーマンスという意味では、マスメディアの広告を超えている部分もあるかもしれません。出版社もうれしい、ブロガーも嬉しい、買った人も嬉しいかも、というWin-Winな関係が構築できるというわけです。

アルファブロガーが「オピニオンリーダー」で、その他の流行に敏感なブロガーが「アーリーアダプター」、と考えれば、商品価値を高めるためにそこへ投資するのはごく自然な成り行きのように思います。

そして、アルファブロガーになるためには「反響のある記事の数」がどれだけあるかにもかかってきますから「時間のアービトラージ」
が効いてきます。すなわち、始めた時期が大きなファクターになってくるというわけです。追っかけて行く事はできても、アルファブロガーと呼ばれる水準に達するまでの時間は逆戻しはできませんから、ある意味アルファブロガーになりたい人にとっては「参入障壁」です。αブロガーになりたいブログ新入生は「記事あたりの反響の大きさ」と「顧客数」に賭けるしかないわけで、それが「極端な意見」であったりとか「ネタ」や「ツリ」記事だったりとかがあとに行けば行くほど多くなる理由なのかもしれません。ブログを始めるなら今からやれ、と良く言われるのですが、この辺が理由なのかも。

こういう風に、物理や数学以外でも、いろいろと式をたてて考えてみるというのはなかなか面白いものですね。

2008年4月5日土曜日

[本] 徹底的に利益を追求するための本「勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─」

勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─」が書店にならび始めましたね。私が行った書店ではレジ前の良い位置とビジネス書のコーナーにそれぞれ平積みになっていました。水色のビジネス書というのは珍しいので、かなり目立つ感じがします。



早速購入して一読してみたのですが、感想は「コワーイ!」というもの。この前の外資系の本でも同じような感想を書きましたが(苦笑)ここまで考え抜かなければ恒常的な利益はでないものなのか…そういう意味での怖さでありショックなのです。経営コンサルタントという人はここまで徹底して考えるものなのかと。もっとも、怖がっていても商売はできないので、利益を出したいのであれば、この考え方を自分のものにする必要があるようです。

こういう感想を抱くのも、著者である勝間さんの徹底した実践ぶりが思い浮かぶからかもしれません。昨年の勉強本以来、ヒットしない本はなかったと思われる勝間さんの著作大躍進の裏には、かなり冷徹とも思える分析と熱い販売戦略があって初めてなし得たものだと思いました。自分の事を他人のように分析するということはなかなか出来るものではないです。自分の商売への甘い分析を排したところに、勝間さんの「怖さ」があるのかもしれません。

利益を出す「仕掛け」とか「仕組み」には、必ず「利益の方程式」があるということをこの本は教えてくれます。勝間さんはそれを「計器飛行」に例えてらっしゃいますが、四つの要素、(1)顧客当たり単価、(2)顧客当たり獲得コスト、(3)顧客当たり原価、(4)顧客数、に分解されるとどの点に注目すれば良いか一目瞭然です。

ざっくりと自分のビジネスについて省みるにも、この「利益の方程式」は役に立つと思われます。方程式はわかっても、具体的にどう自分に適用していくか…という事に関しては自分なりの工夫をしなくてはならないのでしょうが、どういう事に注目して行くべきなのかを明らかになっているということがわかるだけでも、売上至上主義からの脱却を目指す方には朗報でしょう。

商売の仕組みを考える上で、あまりにもトレースする変数が多すぎ、数字に振り回され、ディシジョン・メイキングが難しいと思っている方には是非お勧めしたい一冊です。

2008年4月4日金曜日

PoIC と GTD

mixi の 「GTD 研究会」というコミュで PoIC という方法があるのを知りました。

PoIC - Pile of Index Cards 日本語版
http://pileofindexcards.org/wiki/index.php?title=メインページ

京大カードなどのカットされた紙をつかう4カードの情報整理システムだそうです。記録する情報は
  • 記録
  • 発見
  • GTD
  • 参照

の4種類。シンプルです。GTDとも相性が良さそうです。

GTD の実装方法として「一番面倒くさくない」「最も簡単」な方法は何かといろいろ考えているのですが、やはりカード型かなと思い始めていた所だったので、非常に心引かれています。いくつか理由があるのですが…
  • 手書きで情報を書き留めたい
  • パソコンに入れて管理しやすくしたい
  • 手に取れる形でバックアップが欲しい

ということを実現しようとしたときに起きる事を考えてみました。

パソコンに入力してからでは手書きは面倒くさくなる。まず確実に手書きで起こすようなことはしなくなると思います。それに、四六時中パソコンや PDA で入力できるとは限らない(電源の問題)もあるし、私は iPod touch などで入力するのに非常にストレスに感じます。やはり手書きで入力したいなと。お絵描きしながらできるし、小さいけどマインドマップも描けそうです。(マインドマップはA4以上を推奨しているので、カードサイズは少々掟破りですが)

現在は手書きで Moleskine の手帳に書き付けたあと、Omini Focus の inbox に入れています。結構面倒です。手帳は持ち運びは楽でよいのですが(ばらけない)、検索性が悪いし、パソコンにスキャナで取り込むのに面倒です。フラットベッドではなく、富士通のScanSnap S510を使えばかなりの速度で一気に処理することができるので、その意味でもカードに書き付けるのは非常に魅力的に映りました。取り込んだ後は画像のPDFにしてEvernoteやYojinboなどでタグをつけて管理することもできます。PoIC いうところの「ドック」にもなるようです。書き付けたカードを読み取る「手書き文字認識」があればもっといいのですが、とりあえずはタイムスタンプとタグで運用できるでしょう。

もう少し研究してみなくてはいけませんが、日々のスケジュールのなかに必ずカードを整理する時間を組み込まなくてはいけないかもしれません。毎日の習慣になればいいのですが、そこまで行動に対する心理障壁を下げられるかどうか…(^^; さすがに梅棹 忠夫先生のように「カード一万枚」は購入しないかもしれませんが、そのくらいの覚悟で取り組めば、うまくいくかもしれません。

iPod touch で DVD を見たいかも…

最近 iPod touch はどちらかというとビデオ再生機と化しております。というのも、Podcasting でビデオを配信する所が増えているので、海外のテレビ番組などはこれを使ってみているのでそうなるのですが…地デジほどきれいでなくても、この画面サイズなら十分みられます。

で、思ったのが

「好きな DVD を iPod で見たいなあ…」

ファインディング・ニモとか、アポロ13とか、語学マスター用に繰り返してみたいビデオは結構あります。でもこれって著作権がらみでいろいろ面倒なことがあるみたいです。Apple TV 持ってないし、日本でまだ映画のレンタルサービスは始まってないみたい?なので、iTunes Store からダウンロードも(たぶん)出来ないし…

ググって見ると、結構 DVD をリッピングするソフトはあるし、自分の所にも Vista はあるのでやって出来ない事はなさそう。でも、その前に iPod touch の容量を増やさないといけなくなりそうです。それに、Video 再生専用機にしてしまうと、音楽ライブラリが入らなくなってしまう。ついでに〜とかいって iPod Classic を購入する羽目になりそうで、ちょっと怖いかも。

そういえば家の iPod 第二世代はそろそろ電池と表示が危なくなってきました。U2仕様のは電池がいかれてそのままになっているし…FireWire機は既にないので直して使いたい所です。

はやく日本に WCDMA + HSDPA の iPhone 端末が出てきて欲しいです。そうすれば YouTube がいつでも見られていいのですが。あるいは、iPod 用のビデオコンテンツをもっと増やしてくれるとか…(チャプター毎に売ってくれるとなお可)

と、なかなか実行はできないけど、物欲は広がるばかりなのでした(w

2008年4月3日木曜日

EVERNOTE の招待状、あります

先日、 EVERNOTE の招待状メールをいただきました。早速 Mac のツールをダウンロードしてみました。Webのクリップがメインだと思っていますが、いろいろ使えそうですね。そのうち iPhone などにも対応するそうなので、ちょっと楽しみ。

私の所からも招待状メールを出せるようになりましたので、欲しい方はこのブログの感想などを添えてプロフィール情報の連絡先のE-mailアドレスまでご一報ください。

(注意事項:合計10名分しかありませんので、申し訳ありませんが先着順とさせていただきます。10名に達したかどうかは、このエントリに書き込みますので、適宜チェックしてください。また、このエントリを書いている段階でEVERNOTEのサイトがダウンしているようなので、復旧を待って招待状を送信します。ご了承ください。)

[本] 知ると怖い。知らないともっと怖いかも?「外資系キャリアの出世術」シンシア・シャピロ

Smoothさんのブログ「マインドマップ的読書感想文」で紹介されていた「外資系キャリアの出世術」が届いたので早速よんでみました。一読した感想は、かなり衝撃的!!!この本の翻訳者も「怖ッ!」と後書きに書くくらいです。さて、何がそんなに恐ろしいのでしょうか?



まず、衝撃的なのは「法律はあなたの仕事を守ってくれない」と最初にくる事です。とくにベンチャー企業の場合、日本でアメリカからの解雇通知を受け取っても誰も助けてくれません。それに、その通知がくるまでに十分「退職に追い込まれている」という本書の指摘はありうる話。思わずうなずいてしまいました。

そして、管理職に昇進しても、ゆめゆめ油断することなかれ。昇進した瞬間、立場が逆転し、それまで「仲間」だった人が突然「部下」になったりして、やりにくいことこの上ない。それに対処するには…等々、他にもいろんな知ると怖い、知らないともっと怖い「落とし穴」が全部で50の秘密として解説されています。昨今の日本ではアメリカ風の職場環境になりつつあると言われているので、これは決して外資系だけではなく、日本の会社でも十分考慮されるべき「秘密」でしょう。

会社で出世したほうが面白い仕事が出来る、とは良く言われる事ですが、その前に十分に覚悟し、準備しておかなければならない事がたくさんあるということなのでしょう。上手に出世することで「突然の解雇」という信じられない危機を回避することも可能です。出世が自分にとってのリスクヘッジなのであれば、怖がらずに前向きな努力をひたすらするこことが、ひいては己の身を守るってもんです。

怖い事がたくさん書いてありますが、対処方法ももちろん教えてくれています。作者の言いたい事が本当はどこにあるのかを考えながら、読んでみるのも、世知辛い世の中を渡って行くためのスキルの一つとも言えるかもしれません。あらかじめその会社の「秘密」を知ることができない以上、組織としての考え方とはどんなものなのか、当面はこういう書籍で情報を仕入れるしか我が身のを守る方法はないかもしれません。一方で、自分視点ではない、組織の視点という位置で物事を見る訓練にもなるでしょう。この本は外資系に勤める方だけでなく、広く(とくに若い人たちに)お薦めしたいと思います。

2008年4月1日火曜日

円谷プロのエイプリルフール・ネタが細かすぎる件

昨年は見られませんでしたが、今年は堪能させていただきました。

カネゴンの78ちゃんねるまとめブログ
http://kanegon2008.m-78.jp/

ウルトラマンが「ググレカス」とか、フツーいうか(w
コメントもまんま2ちゃんねる風で、作った人はカナーリきてます。

むかしもいまもウルトラマンにハマったことがある人は必見です。

※円谷ステーションモバイルからもアクセス可能。待受け画像がもらえるそうです。

はてブのコメントもあわせてご覧下さい(w

プログラマと科学者が「人が悪い」傾向にある理由を考える

今から書く事は特定の個人について述べた文ではないし、個人的な視点というバイアスがかかっているということをあらかじめ注意喚起しておきます。自分も含めて、そういう人が全体として多い気がするな〜というお話です。もちろん、いい人も沢山いますし、その辺は誤解のないようお願いします。私の話し方や態度が悪くてそうなっているのかもしれないという可能性は、ここでは簡単のため考えないことにします (^^;

今まで大学に行ったり、会社勤めをしたり、学会に顔をだしてみたりという中で、どーも目上の方や同僚の会話に違和感を感じることが多々あります。どういう種類の違和感かというと、語弊はありますがあえて言えば「なんでこの人はこういう言い方をするんだろう」という類いの違和感です。すごーく出来るプログラマの人と話していても感じることがあります。もしかすると、それがビジネスの現場や学術界やIT業界では当たり前なのかもしれませんが、時々全人格を攻撃されているような錯覚に陥ることがあります(プログラマで「このタコ!」呼ばわりされるのは日常茶飯事という現場もあるかも)。劣等感を刺激されるからというだけではない居心地の悪さを感じるのです。

特徴的な「会話」の典型として(「議論」ではない事に注意)

・とにかく相手の意見を否定してくる
・会話を続ける努力をしていないように感じられる
・調子をあわせるという気がなさそうに思える
・相手の琴線に触れる話題を言うと一方的にしゃべりまくられることがある
・相手を言い負かそうとする

ということが多く見受けられるように感じます。

打たれ弱い私としては(もっと場数をふんで打たれ強くならないといけないのかもしれませんが)そんなことがあるたびに戸惑います。とくに何気なく言った言葉でがーっと攻撃(?)されると非常に困ります。(相手の常識では、無知であることは罪なのかもしれませんが)

発表の場で攻撃されるのは当たり前のこととして受け止めることができるのですが「フツーの会話」でそういう場面にであうと内心パニクりまくってしまいます。で、いつも思うのです。「なんでだろう?」と。

好意的に考えれば、相手の意見を否定してみせることで、相手の考えをもっと引き出すことが出来るからなのかもしれません。会話を続けるかどうかはその人の意思であり、会話に参加したくないなら別にそれでもよいと考える事もできるかもしれません。相手を言い負かそうとしたり一方的にしゃべるのも、なにか信念に基づいて主張したいことがあってのことかも…

つらつらと考えるに、科学者とプログラマの共通の癖として「まず疑う」ことがあるんじゃないかと思い当たりました。そして優秀なひとほど自分の考えがはっきりしている事にあるのではないかと。プログラマならバグったときに、とりあえずは「自分の書いたコードがおかしいのではないか?」と考えるように教育されるでしょうし(でも往々にして「絶対自分は悪くない!」と思いがち)、科学者なら「なんでこの結果がでてくるんだろう?」と疑問に思う習慣がついているでしょう。あるいは、もっと言葉の論理のレベルで、その人が言ったことの「妥当性」を値踏みしているかもしれません。もっと恣意的な何かがある場合も考えられます。世間に向けての主張が無ければ、論文を出版したり、起業をする意味もないわけです。競争が激しい分野では、相手を打ち負かそうとする態度が習慣的になるも当たり前でしょう。あと、普通の会話も仕事の会話もわける必要は無いということになっている可能性もあるかもしれません。

{彼|彼女}らにとっては普段の会話も、論理を鍛える「修行の場」なのでしょうか。だとしたら「人が悪い」とか「底意地の悪い」話し方になったとしてもおかしくはない。論理的な話し方は、あまり相手の感情をくんだ話し方にはならないでしょう。そういう人たちが多い現場では「いい人」であっては注目されるような業績を残せる機会は少ないかもしれません。

ですが…そういう場にいたときに、弱気で負けて (defeat) いてはいかんなあ、と思う一方で、非常に居心地の悪い思いをすることがあることは否めません。こういう風に感じるのは、私だけなのでしょうか。「だから面白い」という人がいることは知っています。しかし、そうは思えない場合、どうすればこの嫌な感じを克服できるのか、良い方法がないものかと、そのたびに考えます。他に私と同じように感じる方がいたら、是非その点どう思うか聞いてみたいものです。

いずれにせよ、これに対処するには「相手を制御できるわけではない。自分の修行不足を補うには自分で自分を鍛えるしか無い」というありきたりの結論にとりあえず落ち着きました(^^; でもそうすると、私の場合、修行が足りなくて意地悪なしゃべり方になるかもしれません。そうはなりたくないんですよね…難しい所です。

エイプリルフールの件

英語だと April fool, フランス語だと Poisson d'avril, ドイツ語だと Aprilscherz (m.), 日本語では四月馬鹿とか申します件で Google 池田信夫先生のブログid:dankogai 氏がいろいろとやってくれたようです。いちばん受けたのは Google Japan の「ダジャレ検索β」でしたw



まじめに駄洒落を解析すると、結構いい研究ネタになりそうだと思うんですが、あまり理解してもらえないかも?CSの分野というよりは、日本語学なんでしょうか。 Semantic Web でも、ここまではできそうにないなあ。(意味の無い言葉遊び (pun) なのに、どうやって意味付けするんだ?という話もありますね)