大人の人生はおもしろいか|勝間和代の「仕事」
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曰く、
では、なぜ、アンビバレントな気持ちを抱くか。
それは、梅田望夫さんの言葉で言えば、
知的な生産に関する”学習の高速道路”を
敷設しちゃったからではないだろうか。
別の言葉で言えば、知的生産のコモディティー化だ。
私はこれを読んだ瞬間「あ、そうか、他の人はそう思うんだな」と。ウェブ進化論もウェブ時代もBlogも読んでるのに、この方のように、勝間さんの方法論が「高速道路」であるとは考えた事なかったです。否定をするわけではなくて、単純に「高速道路」なのかどうかは考えた事が無かった。うまく言葉にできないけれども、普段からつかっているから、それが「高速道路」なのかどうかなんて考えた事も無かった、ということでしょうか。(立ち位置をLostしているとも言う… orz)
というわけで、「グーグル化」がなぜ「高速道路」なのかを、つらつらと考えてみました。
私の場合、仕事のために書くプログラムは、どちらかというと他人が書いたコードをそのまま流用して別の機能を加えたりするとかが多いので「高速道路」で行けるけど、自分のために書くコードは「けものみち」っぽい。自分の研究を論文に仕立てるのも、どちらかといえば「けものみち」。研究に必要な知識を収集するのは、たぶんマインドマップとかフォトリーディングを使った「高速道路」で行けるけど、その先の「論文書き」とか「コード書き」いう作業は「けものみち」だなあと。
この場合、けものみちだと思って歩いて行くと「高速道路」だったっていう話もあるかもしれないんだけれど…(ex.「そのコードは誰かが書いたことがある」「そのアイディアは誰かが言及したことがある」)
「みんなで強くなる」ためには、やはり二度手間を踏まないためにも(「高速道路」だし)、複数人で勉強できるコミュニティが必要ですね。大勢の人が「グーグル化」の本をよんだ感想やセミナーで聞いた感想を「ブログ」に書いたり読んだりすること自体が、そのコミュニティになっている気がします。
つまり、それも「知的生産のコモディティ化」を促していると。本だけではなく、勝間さんご自身があちこちのセミナーで「ブログを書いてください!」と煽ってらっしゃるようなので(失礼!)その動きはさらに加速しているように見えます。
勝間さんにしてみれば「知的生産のコモディティ化」は(ブログの記事をよんだり、セミナーのまとめを読んだりする限りでは)狙ってボールを投げたストライクゾーンなんじゃないかなぁ、と思えます。「グーグル化」というネーミング自体もまんま「高速道路」だし、もしかしたら、そこまで考えてあのネーミングにしたのかもしれませんね。
そして、勝間さんご自身が、このムーブメントの観察を通して考えたい事は(はっきりとはわかりませんが、きっと何か意図があるんだと思います)、きっと「けものみち」なんだろうな、という気がしました。
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