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2008年2月13日水曜日

勝間和代さんの「グーグル化」は「高速道路」か

id:umedamochioさんのはてブ(「ウェブ進化論」「ウェブ時代をゆく」の梅田望夫氏)から見つけたリンクに、勝間和代さんがした「仕事」について言及した記事がありました。興味深い考察だと思います。

大人の人生はおもしろいか|勝間和代の「仕事」
http://moriyama424.blog95.fc2.com/blog-entry-38.html

曰く、
では、なぜ、アンビバレントな気持ちを抱くか。

それは、梅田望夫さんの言葉で言えば、
知的な生産に関する”学習の高速道路”を
敷設しちゃったからではないだろうか。

別の言葉で言えば、知的生産のコモディティー化だ。


私はこれを読んだ瞬間「あ、そうか、他の人はそう思うんだな」と。ウェブ進化論もウェブ時代もBlogも読んでるのに、この方のように、勝間さんの方法論が「高速道路」であるとは考えた事なかったです。否定をするわけではなくて、単純に「高速道路」なのかどうかは考えた事が無かった。うまく言葉にできないけれども、普段からつかっているから、それが「高速道路」なのかどうかなんて考えた事も無かった、ということでしょうか。(立ち位置をLostしているとも言う… orz)

というわけで、「グーグル化」がなぜ「高速道路」なのかを、つらつらと考えてみました。

私の場合、仕事のために書くプログラムは、どちらかというと他人が書いたコードをそのまま流用して別の機能を加えたりするとかが多いので「高速道路」で行けるけど、自分のために書くコードは「けものみち」っぽい。自分の研究を論文に仕立てるのも、どちらかといえば「けものみち」。研究に必要な知識を収集するのは、たぶんマインドマップとかフォトリーディングを使った「高速道路」で行けるけど、その先の「論文書き」とか「コード書き」いう作業は「けものみち」だなあと。

この場合、けものみちだと思って歩いて行くと「高速道路」だったっていう話もあるかもしれないんだけれど…(ex.「そのコードは誰かが書いたことがある」「そのアイディアは誰かが言及したことがある」)

「みんなで強くなる」ためには、やはり二度手間を踏まないためにも(「高速道路」だし)、複数人で勉強できるコミュニティが必要ですね。大勢の人が「グーグル化」の本をよんだ感想やセミナーで聞いた感想を「ブログ」に書いたり読んだりすること自体が、そのコミュニティになっている気がします。

つまり、それも「知的生産のコモディティ化」を促していると。本だけではなく、勝間さんご自身があちこちのセミナーで「ブログを書いてください!」と煽ってらっしゃるようなので(失礼!)その動きはさらに加速しているように見えます。

勝間さんにしてみれば「知的生産のコモディティ化」は(ブログの記事をよんだり、セミナーのまとめを読んだりする限りでは)狙ってボールを投げたストライクゾーンなんじゃないかなぁ、と思えます。「グーグル化」というネーミング自体もまんま「高速道路」だし、もしかしたら、そこまで考えてあのネーミングにしたのかもしれませんね。

そして、勝間さんご自身が、このムーブメントの観察を通して考えたい事は(はっきりとはわかりませんが、きっと何か意図があるんだと思います)、きっと「けものみち」なんだろうな、という気がしました。

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